ヒューマンバリュースキル

4 後継経営者に誰を選ぶか

答えは簡単である。自分が後継者にバトンタッチしようと考えた時、最もふさわしい人物を選ぶのである。それが息子であるか、甥であるか、或いは全くの他人であるか等を考慮してはならない。ただ経営者としての総合的能力を判断することによってのみ人選すべきなのである。問題は、この能力をどう評価すべきか、ということである。
そもそも、経営者としての能力は、何によって評価されるべきだろうか。私達が通常、あの人は能力があるという場合、それはその人の豊富な知識や、卓抜した計数能力や、理論展開力や、部下の掌握・操縦能力等を指してただ漠然と評価しているに過ぎないのではないだろうか。
企業のトップとして、本当に必要な能力とは何か、これをまず明確に認識する必要があるだろう。なるほど、上にあげた諸能力は、いずれも経営者として具備していることが望ましい重要な能力ばかりである。しかしながら経営者の能力評価が、そのような個々の能力の水準を推し測ることによって為されるべきでないのは言うまでもない。
経営者の能力は、彼が率いる組織が、どれだけ効果的な活動をなし得るかという一点において評価されるべきである。では、経営者が、自分の率いる組織を最も効果的に活動せしめるために必要な能力とは何か。
それは第一に、自社の現状を正確に認識する力であり、今自社は何に向って経営努力を傾注すべきであるかを見抜く力である。
そして第二には、その経営努力を傾注すべき方向へ向けて、全社の力を動員し結集させて行く力である。この第一の力は、経営理論についての全般的知識の学習と、それを実践の場で適用し、体験して行くことによって得られるものであり、第二の力は、経営者の理念の確立とその理念実現への熱い情熱があれば、自然に備わる力である。従業員が、本当に心底から経営者に従うのは、経営者の使命感に燃える情熱に対する共感を、覚える時だからである。
以上より経営者に必要な能力とは、

 ① 経営全般に対する専門知識
 ② その専門知識を実践に適用して得た体験
 ③ 経営者としての理念の実現に対する情熱(使命感)

の3要素から構成されるものであることが理解される。これらがあれば、諸々の属人的能力は、後から身に備わってくるものなのである。また、より一層の能力に秀でた人物が集って来てくれて経営者の弱点を補強してくれるようになるのである。
さてそこで、前記のような経営者に必要な要件を具備した人物が、社内に存在すれば、何も言うことはない。その人物を後継経営者に選べば良い。しかし、そううまく行かないのが常である。
各人には一長一短がある。どの長所をとり、どの短所に目をつむるかの決断が、後継者を誰にするかの決断と言って良いだろう。この時、最も重要視すべき要件は、「③経営著としての理念の実現に対する情熱」の強さである。
これはすべての能力を引き出してくる鍵であり、従業員を引っ張って行く根源的力である。次に重要視すべきなのが、「①経営全般に対する専門知識」の深さである。そして、最後に「②その専門知識を実践に適用して得た体験」、とすべきであろう。何故なら、体験はこれからいくらでも蓄積して行くことができるが、経営全般に対する専門知識などというものは、繁忙な実務に追い廻される経営者の生活の中で、学習して行く等という事は、現実的に不可能に近い程、困難だからである。しかも、既に述べたように、今後は『経営の専門家による競争の時代』である。確かに経験の豊かな人物であれば、任せても安定性はあるだろう。
しかし、安定性だけでは発展性が望めないだけではなく、今後の厳しい競争に、勝ち残っていくことはできないだろう。更に、後継経営者の後には現経営者がいるのだから、この期に及んで、安定性にこだわる必要は認められないのである。さてここまで述べてくれば、既にお察しの通り、この後継経営者選択基準は、極めて経営者の息子に有利なものとなっている。前記①の経営全般に対する専門知識を修得する機会は、圧倒的に経営者の身内の者が恵まれているであろうし、また③の経営者としての理念の実現に対する情熱(使命感)についても、現経営者の影響のもと、息子はその使命感を自分の物として会得する機会にも恵まれているはずだからである。これは当然の事である。
しかし、それにもかかわらず、息子が優秀な後継経営者になる確率が必ずしも高くないのは、これまでの現経営者の二世教育に欠陥があるものと思われる。

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